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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12731号 判決 1971年12月24日

原告 林誠太

被告 殖産住宅相互株式会社

主文

1  被告は原告に対し、金二二〇、二二八円およびこれに対する昭和四五年七月六日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告のその余の請求はこれを棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、かりにこれを執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二三九、八七〇円およびこれに対する昭和四四年七月四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外林文子は、昭和三八年一二月二六日被告会社との間で、被告会社に対し建物建築を請負わせる目的で、左記の内容の月掛積立金契約を締結した。

(1)  訴外林文子は、建築費用の一部として、合計一八〇万円を五年間毎月三〇、〇〇〇円(但し、第二一回目から毎月二八、〇〇〇円、第四一回目からは毎月二四、〇〇〇円)を被告会社に支払うこと

(2)  訴外林文子が右総額一八〇万円の三分の一の金額を払込んだ場合には、同人はいつでも被告会社に対し、建物建築の申込みをすることができる

(3)  訴外人から右の申込みがあつた時は、被告会社は、催告期間内に申込当時の時価で見積つた価額で、訴外林文子申込みの建物を建築する旨の承諾をなす義務があり、又、右給付契約に基づき、右建物を建築する義務がある。その場合、見積額に不足する額は、訴外林文子が支払う

2  原告は昭和四一年九月六日右契約上の地位を訴外林文子から承継した。

3  訴外林文子および原告は、右契約に基づき、被告に対し昭和三八年一二月二六日から、昭和四四年四月二六日までの間に、別表のように合計金一三五万二、〇〇〇円を支払つた。

4  原告は、右の支払いにより、右契約に基づく建物建築の申込みをなす資格を得たので、昭和四四年四月、被告に対して鉄筋コンクリート造弐階建居宅一棟(建坪約二五坪)を時価相当額である三五〇万円から四〇〇万円位の代金で建築することを申込み、かつ、被告において同年六月一七日までに、右時価で見積つた価額で右建物を建築する旨承諾し、見積価額を提示するよう催告した。

5  被告は右債務を履行することなく、昭和四四年六月一七日を経過したので、原告は、同年六月下旬頃被告に対し、債務不履行(履行遅滞)を理由に、本件月掛積立金契約を解除する旨の意思表示をした。

6  右解除に基づき、被告は昭和四四年七月三日、原告に対して本件契約の掛金払込元金合計一三五万二、〇〇〇円を返還したが、各払込金に対する払込の日から右返還日までの利息合計二三九、八七〇円の支払をしない。

7  よつて、原告は被告に対し、右利息金二三九、八七〇円およびこれに対する解除の翌日である昭和四四年七月四日から完済に至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項ないし第3項の事実は認める。

2  請求原因第4項および第5項の事実は否認する。

3  請求原因第6項の事実は認める。

三  抗弁

被告には原告主張のような履行遅滞はない。すなわち、被告は、建物給付の申込みのあつた昭和四四年五月七日から同年六月下旬にかけて、原告の申出により、何回も時価で建物の見積りをしたが、その都度原告は被告の見積りを拒否したため、建物給付契約を締結することができなかつたものであり、被告には何ら履行遅滞はない。

四  抗弁に対する答弁

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因第1項ないし第3項の事実は、当事者間に争いがない。

二  債務不履行の有無

そこで原告の建物建築の申込みに対して、被告に債務不履行があつたか否かについて判断する。証人渋谷英克、同高橋新吉、同馬場秀幸、同平川政雄、同福島昭雄の各証言、原告本人尋問の結果、ならびにこれらによつて真正に成立したと認められる甲第四号証、同第一三号証および成立に争いのない甲第二、三号証、乙第二、三号証等を総合すれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は、建物建築の申込みをなす資格がすでに備わつていたので昭和四四年四月頃、建物の建築を申込みたい旨被告に通知したが、被告のはからいで、同年五月頃戸塚のモデルハウスを見学し、そこに坪当り一三万円で建築できる旨の表示があつたのを基準にし、又すでに被告から提出された「たのしいすまい」のパンフレツトには、主体単価として坪およそ一一万円と表示されており、設備単価として坪一~二万円を含めても坪一三万円ぐらいで建築できるのでこれらを基準にして算出し、また、場所や時期のズレをも考慮して、かなりの余裕をみて時価総工費三五〇万から四〇〇万円位(建坪約二五坪)とみて、この範囲の価額で逗子市桜山に甲第一三号証、乙第二、三号証に記載のような鉄筋コンクリート造二階建居宅一棟を建築してくれるよう被告に対して申込んだ事実

(2)  原告の右見積りに対して被告会社は同年五月頃、被告会社勤務の訴外平川政隆を通じて、建築価額として五〇〇~五五〇万円の見積りを示してきたので、原告、被告間に合意ができなかつた事実

(3)  原告は、建築費の不足分を支払うため、国民金融公庫から借金をすることにしたが、その許可を得るための設計審査期日が昭和四四年六月一七日に迫り、その審査のために本件建物建築の見積り額を右期日までに決定する必要を生じ、そのため、被告に対して右期日までに、時価で見積つた建築価額を示すよう昭和四四年六月三日内容証明郵便で催告した事実

(4)  右内容証明郵便が被告に着いた直後に、被告は被告会社勤務の訴外高橋新吉、同馬場秀幸、同福島昭雄を通じて、四二五万円の見積り額を呈示してきたが、原告は契約締結を留保し、その後原告から別の工務店に依頼しておいた見積りが三六〇万円と出たので、被告に再度の見積りを依頼したところ、かえつて高価な見積りになり、結局、見積り額につき折り合いがつかないまま、昭和四四年六月一九日を経過して、同年六月下旬ないしは七月一日頃、原告から、被告会社に対して右訴外人らを通じて、本件月掛積立金契約を解除する旨の意思表示をなした事実

以上認定の事実によれば、被告は原告に対しておそくとも、相当な催告期限である昭和四四年六月一七日までに、時価相当額と考えられる三五〇万円から四〇〇万円の範囲内での本件建物の建築価額を提示し、その価額で建築する旨の承諾をなす義務があつたのに、右義務の履行を怠つたものであるから履行遅滞の責任があり、右履行遅滞を理由に原告がなした本件月掛積立金契約を解除する旨の意思表示は有効である。

この点につき、被告は、原告から建物給付の申込みのあつた昭和四四年五月七日から同年六月下旬にかけて、原告の申出により、何回も時価で建物の見積りをしたが、その都度原告は被告の見積りを拒否したため、建物給付契約を締結することができなかつたものであり、被告には何ら履行遅滞の責任はないと主張する。

しかし、本件の場合、時価相当額とは、被告の独断で決することは許されず、原告や、あるいは一般の人に対して明示されている基準によるべきことは当然であるから、被告発行のパンフレツト「たのしいすまい」に示された主体単価坪あたり一一万円強の基準や、戸塚のモデルハウスに示されていた坪あたり一三万円の基準をもとにして建築価額が呈示されるべきであり、仮に、原告の申込み時期や建築場所や建物の大きさが、右の基準に示されたものと多少ちがつていたとしても、原告が示した三五〇万円から四〇〇万円の範囲の価額は相当の余裕をみたものであるから、被告は、この範囲で見積り額を呈示する義務があつたものと言うべきであり、前示認定事実に徴すれば、被告は一度も右範囲内での見積りをなさなかつたばかりか、却つて四二〇万円まで下げた価額を逆に値上げした事実さえうかがわれ、そのため両者間に円満な合意が出来ないまま、昭和四四年六月一七日を徒過した事実が認められるので、被告の主張は理由がない。

三  以上の説示によれば、被告は原告に対して民法第五四五条による原状回復義務として、払込掛金元金合計一、三五二、〇〇〇円のほか、各払込金額(別表参照)に対し、それぞれの払込日(別表参照)から右元金返還日であることに争いのない昭和四四年七月三日に至るまで、商事法定利率年六分(単利計算)の割合による利息合計二二〇、二二八円を支払う義務がある。

(原告の計算による利息二三九、八七〇円は、複利計算によるもので、採用しない。)

ちなみに、本件契約の約款第二一条(甲第一号証参照)は、本件契約を締結した当事者が、その一方的理由で、被告会社に建物の給付を申し込まず、右契約を解約する場合には利息の返還を受けられない旨の規定にすぎず、本件のように、契約者が被告会社の債務不履行を理由に契約を解除する場合には、その適用はなく、また右約款第二一条があることによつて民法第五四五条の適用を妨げられるものでもない。

四  法定重利(元本組入れ)の問題

最後に、原告は、昭和四四年七月三日までの利息の支払が、解除により遅滞に陥つたことを理由として、解除の翌日と主張する同年七月四日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を求めているので、この点につき考える。

前記認定事実によれば、原告が本件契約を解除したのは、おそくとも、昭和四四年七月一日ごろであるから、被告会社の前記認定にかかる利息金二二〇、二二八円を支払う債務は、原告主張のとおり、おそくとも同年七月四日までには遅滞に陥つたものということができる。しかし、利息ないし遅延損害金につき、その支払が遅滞したことを理由として、これに対しさらに遅延損害金の請求ができるのは、それらが元本に組入れられた場合に限る。そして、その組入れがなされるのは、一般的には当事者の元本組入れの合意、または債権者による民法第四〇五条に則つた元本組入れの意思表示を必要とする。本件においては、前者の合意は主張がないから問題とはならないが、後者については、訴状の送達が一応問題となる。

思うに、民法四〇五条にいう組入れとは、一年以上支払が遅滞した利息につき、債権者が債務者に対し支払の催告をしても債務者がこれを支払わない場合に債権者に元本組入権が発生するものとし、債権者が当該利息ないし遅延損害金について、爾今、これを元本として、これについての遅延損害金を請求する旨の意思表示をすることである。ところで、本件訴状の請求の趣旨によれば、利息につき遅延損害金を請求していることが明らかであるから、一応組入権行使の意思表示がなされたものといえるが、組入権の前示発生要件を充足しているかどうかについては、さらに検討を要する。この点に関し、原告本人に対する尋問の結果と、これにより成立の認められる甲第四号証によれば、原告は、前示のとおり昭和四四年七月三日に被告から掛金の総額一、三五二、〇〇〇円の返還をうけたが、被告が年六分の利息の支払いをしないので、同日これが支払いの催告書を被告にあて書留郵便として発信したことが認められるので、特段の事情のない本件においては、右催告書は、おそくとも、同年七月五日には被告に到達したものと推認できる。しこうして、

前記民法四〇五条の法文によれば、利息が一年以上延滞した場合に、催告してもその利息を支払わぬ場合について組入権が発生する旨規定しているが、契約解除に基づく原状回復請求権に伴う利息については、催告の後、債務者が一年以上の期限を徒過した場合にも組入権が発生するものと解するのが妥当であろう。そこでこれを本件についてみると、前記認定のように利息支払いの催告が、昭和四四年七月五日までには被告に到達したので、その日から一年後である昭和四五年七月五日を経過した時点において組入権が発生することになる。

そして、前記認定のように、組入権の行使は、本件訴状送達日である昭和四四年一二月二日にすでになされているわけであるが、訴状による右元本組入の意思表示は口頭弁論終結(終結日は昭和四六年一〇月一一日)に至るまで、継続的になされているものと解することもでき、そのように解することが本件の場合妥当であると考えられる。そうだとすれば、原告は、昭和四五年七月六日に前認定の二二〇、二二八円の利息につき、適法に元本組入の意思表示をしたことになる。したがつて、この意思表示の日から元本組入の効果が生じたことになる。

五  むすび

以上の次第であるから、被告は原告に対し、契約解除に基づく原状回復の利息として、金二二〇、二二八円と、これに対する昭和四五年七月六日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。そこで、原告の本訴請求のうち、右限度内の分は理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

(別表) 計算明細書<省略>

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